天国で迷うこどもたちへ
ひょいと覗いた茂みの向こうに、菫色の頭を見つけて、菊池は安堵の息を吐いた。
図書館に転生して数ヶ月。元々好奇心旺盛だったこの弟子は、歩みを覚えたばかりの幼児と同じく、目が離せない。今日も今日とて、昼時を過ぎても食堂に現われない弟子を探して、ようやくたどり着いたのが、この中庭の隅の陽だまりだ。
今日は野の花か、はたまた迷い込んだ猫か。今日のはなんだ? 回り込みながら、そう声を掛けようとして、そのままその言葉を飲み込んだ。
「――落ちたのか」
「ええ……子供らに見せるのもどうかと思いまして」
覗き込んだ弟子の手の中にあったのは、花でも猫でもなかった。
小鳥の雛だ。まだ全身が湿っている様子を見るに、孵ったところで巣から落ちたのだろう。一度死んだはずの弟子の白く柔い掌と、その上で冷たくなっていく小鳥が、緑の日溜まりに歪で鮮やかなコントラストを描いている。
「どうせなら、土の上よりも温かい場所が良いでしょうから」
菊池は、視線を上げずに、言い訳めいた言葉を並べる弟子の顔を窺う。伏せた切れ長の瞼を、今生の長い睫毛が縁取って、憂いの影をさらに濃くしている。その視線に重ねているのは、生前看取った細君か、未だ気配のみという友人か――
横から手を伸ばして指で触れるが、弟子の手の中の雛は凍ったように冷たく、動かない。おそらく、自分が見つけるより随分前から、彼は手のひらに小鳥を乗せていたのだろう。自分が声を掛けなければ、ひょっとすると夕暮れ時まで此処に居たかもしれない。子供には、と弟子は言ったが、これではいっそ新美などの方が余程大人だろう。
ため息を口の中で留めつつ、上着のポケットからチーフを引っ張り出して、弟子の膝の上にのせてやる。
「食堂で待ってるから、ちゃんと手を洗ってから来いよ」
その段になって、ようやく顔を上げてこちらを見た瞳に、笑って頭を撫でてから、菊池は踵を返す。
食堂に向かいながら時計を見れば、昼食の時間は随分と過ぎてしまっている。そういえば先日、貰い物のカルピスがあると司書が言っていたのを思い出す。子供にはやっぱり甘い物だろう。昼餉を終えたであろう、子供の明るい笑い声と、ボールの弾む音が遠くから聞こえてくる。
いつか、もう一人の弟子にも、作ってやる日が来るのかもしれない――そうなれば良い。そう思いながら、菊池は食堂へ足を向けた。
土に埋めるところまで見守らず、後でじっくり話を聞く菊池一門
土に埋めるところまで一緒にやって、その後もしばらく気に掛ける佐藤一門
土に埋めた話を聞いて、空を飛ぶはずだった小鳥を想って句を詠む正岡一門
なイメージ。