生まれかわったら連星になろうね
ふあ、とあくびついでに伸びをすると、隣に立てられていた笹の枝が、つられてあくびをしたように揺れた。それを見たあくびの当人、直木は思わず口元を緩める。
「お前さんもご苦労サマだな」
言いながら、こちらに向いた葉先をつついてやると、枝に飾られた色とりどりの吹き流しや輪飾りが、しゃらしゃらと笑うように音を立てた。
今日の図書館は七夕だ。正確には七夕当日は数日先だが、図書館での季節の催しとして、関連書籍を並べたり、それらしい飾りを作って館内に飾ったりと、賑やかで忙しい。昨日からは館内に笹の枝が用意され、来館した子供たちが、用意された短冊に、各々の願い事を書いてその枝に吊していく。手伝いとして、何人かの暇な文士が出入りし、ちゃっかり短冊を書いていくのはご愛嬌だ。
直木としては、今日も談話室のソファで惰眠を貪る予定だったのだが、健康信者な某大衆小説家――名を吉川という。から暇なら手伝え、と首根っこを掴まれて、図書館に放り込まれた次第だ。
結果として、まあ、賑やかな祭りの風情も悪くない、とおとなしく手伝いを買って出ている。ただし、吉川や中島の担当している、年少の子供たちへの短冊指導などは性に合わないので、子供らが持ってきた短冊を、リクエストの場所に結んでやる役だ。子供がくるまでは、あくびをしながら館内を眺めていれば良く、さらにいえば暇に飽かして、文士何某の書いた短冊を、チラリと盗み見られるのは、なかなか悪くない。
「なおき」
「なおきさん」
閉館も近くなり、客足もまばらになってきた頃、ふいに視界の下の方から声が掛けられた。
目線を下げると、深い葡萄色と淡い白練の頭が、こちらを見上げていた。葡萄はこちらに二枚の短冊を差し出し、白練は腕の中に、二匹の犬のぬいぐるみを抱えている。
「お、お前らも書いてきたか」
「はい、きくちせんせいといっしょに……りいちとおなじところに……」
「なおき、ちゃんとかわばたと同じところにむすんでくれ」
「へいへい――っと、こんなもんかな」
揃いの甚平を着た子供――横光と川端から、二人分の短冊を受け取り、指定通り一番高い枝へ括ってやる。
この図書館の新感覚派は一ヶ月ほど前から子供の姿になっている。本来なら騒ぎになるのだろうが、この場所はこういったことがちょくちょく起こるので、職員や文士達も慣れたものだ。もとより、生前には馴染みのなかった錬金術が出回る世界。さらに言うなら、その錬金術師によって、この世界に生まれ直した身だ。いちいち取り乱していてはきりが無い。
ちなみに聞き取りなどにより検分した結果、今回の新感覚派は、どうやら見た目も中身も四歳前後らしい、という結論が出ている。
「――その甚平、こないだ買ってもらったやつか」
「そうだぞ、きくちさんとお出かけしたときのだ」
「……はい」
似合うな、と笑ってやれば、白練の川端は、ぬいぐるみの仔犬を抱きしめて、はにかむように口角を上げ、葡萄の横光は、菊池さんと川端の見立てだから当然だ、と得意満面に笑う。ぬいぐるみは、菊池が各々に買ってやったものだが、二匹の飼い主は川端に落ち着いたらしい。その様子に、直木は数日前に菊池から聞いた「お出かけ」の顛末を思い出して苦笑する。
七夕を前に、子供らしくはしゃぐ弟子を見た菊池は、二人に浴衣でも買ってやろうと思ったらしい。朝一番から弟子達の手を引いて出かけ、戻ったのは夕食も近い時間になってからだった。疲れた顔をしながらも、戦利品を広げた談話室のソファで、満足げに笑った菊池が語ったところによると。曰く、草履を買い求めに行った店の前で、音の出るサンダルを目にした川端が、三十分ほど無言のおねだりをしたり、女児の髪飾りを進められた横光が、涙目で手前も髪を切ります、と叫びだしたり、などの一幕があったらしい。
直木としては、大きさの大小はあるが、きゃいきゃい騒ぐ二人をなだめすかしつつ、それでも愛おしそうに眺める菊池も含め、総じて「いつもと大差ねぇな」と言ったところだ。
「――しかし、そのとっておき今日から着てるのか」
七夕はあと数日先だ。待ちきれなくなったのか、と首を傾げると、川端の方が口を開く。
「きょうは、はなびがあるので」
「ちゃんとよていひょうに書いてあるぞ」
「あーそうだった、そうだった」
カウンター近くに貼ってあった、花火大会のお知らせを思い出す。普段はあまり気にとめないが、そういえば、とうなずいている間に、いつのまにか、子供二人の興味はすっかり花火に向かったらしい。
「そろそろいくぞ、かわばた」
「ええ、よくみえるばしょをさがして、きくちせんせいにおしえなければ」
「あー、そりゃ大変だ、この図書館には良い場所を知っている奴が多いからな、競争になるぞ」
自分の一言に、子供らしく気もそぞろになり、そわそわとする二人の姿に、直木の口元も緩む。そら早く行ってこい、と子供達の背中をはたいてやると、子供たちは、はあい、という良い子の返事と、ぱたぱたという二人分の軽い足音を残して駆けていく。その勢いで、飾りと短冊で装った笹の枝が、隣で笑う直木につられるように、またしゃらしゃらと揺れた。
入った談話室では、浴衣を着た菊池が、ソファに座って読み物をしていた。先日の、子供たちの買い物で買ったものだろう。普段の着物と同色の、けれどもう少し軽い色柄の生地で、めずらしく眼鏡を掛けている。
「よお、きくちせんせい――ちびたちに短冊書かせたのか」
「直木か……ちゃんと付けに行ったらしいな」
「おう」
直木が向かいのソファに腰を下ろすと、顔を上げた菊池は、読みさしの頁に栞を挟んだ。彼の後ろの窓には、夕の名残を微かに残した宵の空が覗いている。雲は無いので、今日の花火はきれいに見えるだろう。
「短冊読んだか」
「ああ、ちゃーんと注文の場所に付けてやったぜ」
言いながら、図書館での二人を思い出し、思わず口からくつくつと笑いが漏れる。揃いの短冊に書かれていたのは、こちらも揃って同じ言葉だ『おりひめとひこぼしがずっといっしょにいられますように』と。
「なかなか可愛いお願い事だが・・・・・・作家にして敏腕編集、菊池寛の秘蔵っ子どもも、ちびになったら形無しだな」
おふざけ混じりに、少々意地の悪い言い方をしてやると、意外にもあっさりと、菊池はそれにうなずいた。
「ま、そう思うがな・・・・・・普通なら」
「んん?」
最後の一言と、不敵な顔で、にやりと笑う菊池に首をかしげると、彼は眼鏡を外し、テーブルの上に開かれたままの厚い本の項をとんとん、と指さした。それは菊池がこの何日か、ちびたちに読んでやっていた、中高生向けの天体図鑑だ。
「なんだ」
「いいから」
指さす先に書かれているのは、ちょうど七夕に関してのコラムだった。彦星のアルタイル、織り姫のベガについての解説と写真が記載されている。
曰く、アルタイルの和名には、「以奴加比保之(いぬかいぼし)」という名前があり、アルタイルの両脇に伴星として付いている二つの星を、犬に見立てたものだと考えられる――とのことだ。その一文と、天体写真から直木の脳内に連想されるのは、二匹のぬいぐるみを連れ歩く、白練色の髪。さらに読み進めると、ベガには、白く明るく輝く様子から「空のアーク灯(the Arc-light of the Sky)」という別名があるとも解説されている。こちらも、そこから引き出されるのは葡萄色の髪の名前だ。
「あー」
これかよ、と思わず息を吐く直木の脇腹を、菊池の右手が愉快そうに小突く。
「だーれーが形無しだって」
「――悪かったよ」
にやりと笑う菊池をねめつける。それは十重二十重に掛けられたレトリックであり、痛切な願いだ。その比喩を理解しながら、ぞくりと背中に悪寒が走る。外見も中身も子供そのもので、過去の翳りの記憶など持たない、などと言ったのは誰だっただろうか。全然あんじゃねーか、という直木の内心には気付かないのか、向かいに座る菊池は嬉しそうに笑う。
「ま、腐っても、文学の神様と世界の作家だ」
それに他でもない、俺が見つけて磨いたダイヤだぞ。先ほどの意趣返しか、わざとらしく得意げに鼻を鳴らす菊池に、はいはい、とこちらも苦笑いでため息をつく。
もう少し読者にも分かるようにとか、それと分かる言葉の選び方、など言いたいこともあるが、この嬉しそうに鼻の下を伸ばした親馬鹿、もとい師匠馬鹿を前にしては、言うだけ無駄だ。
「――そりゃあまぁ、お熱いこって」
「だろう」
師匠含めてな、というぼやきは、口の中に留めておく。
そうこうしているうちに、窓の外で、ぱんと軽い音が聞こえた。どうやら、花火大会の開始らしい。
「さて、そろそろ行かんと――拗ねると面倒でな」
「ご苦労サマだな」
「お前も行くか」
「いーや、馬に蹴られるのはごめんだぜ」
じゃあ、と笑って出て行く菊池を、談話室から送り出した直木は、テーブルのうえにある図鑑や、余った短冊をいじり回す。編まれたレトリックは結構だが、読み手に伝わらなければ意味が無い。
「――しょーがねえから、俺が代理で書いてやっか」
代筆なので、普段の己の文体は使わない、必要なのは子供らしく、けれど彼ららしい繊細な言葉選びだ。さて、とソファに寝転び考えたところで、図鑑に載った二重星の写真に目に留まる。その星は、アルタイルとベガの間にある、別名双子星だ。
「んー、よし、これだな」
適当に、そこらにあったボールペンで短冊に書き込み、彼らの名前を入れ、こよりを通した。
花火は順調に打ち上がっているようで、談話室も窓辺にも、色とりどりの花を咲かせている。
翌朝、図書館の笹の枝に、短冊を結ぶ人影があった。
彼は子供二人の名前と、願い事の書かれた短冊を、先に結ばれていた二枚と共に、枝の一番高い所へ括る。鉛筆で書かれた、愛らしい二枚の子供の短冊と、ボールペンで書かれた大人の筆跡の短冊が並ぶ。これでよし、呟いた手が離れると、短冊飾りを増やした笹の枝は、満足げに笑う人影につられるように、しゃらしゃらと揺れながら、楽しげに笑った。
本当はちっちゃい新感覚が
可愛くいちゃいちゃする話の予定だったのですが
いつの間にやら菊池親子とお兄さん直木になった。
川端さんのお誕生日回想の、親馬鹿師匠と
近所の悪い(とっても良い)お兄さんな直木が大変可愛くて・・・
イメージ元の画像はこちらで作らせていただきました。
「きゅんショタメーカー」(https://picrew.me/image_maker/24737)
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こんな可愛い台詞がデフォルトであるの
ずるくないですかね!(大変楽しいです)