金糸を紡げばひだまり Y
ふわ、と金木犀の香りが、どこからか漂ってくる。
転生文豪八十名以上に司書、職員を抱え、さらに一般にも開放されている図書館の規模は、それなりに大きい。建物に付随して、周囲に広がる庭も広く、その敷地には折々の草木が植えられ、訪れる利用者や職員たちを季節毎愉しませている。
秋の気配が漂う、穏やかな昼下がり。空き時間の散歩中、何気なく足を向けた先にそれを認めて、おや、と横光は思わず足を止めた。
図書館正面の前庭から裏庭へと通じる、建物脇の細い通路。人通りもない植栽の奥、茂ったブルーサルビアとアロエの向こうに、金の色がちらりと見えた。
「――ふむ」
しばし考え、通行人用に敷かれた小道を外れて、足元に注意しながら近づくと、どうやら見えたのは、植えられていた植物だったらしい。尖った緑の苞と、光を透かして金にも見える、鮮やかな橙の萼、差し色になっている紫の花弁が華やかだ。
「極楽鳥花か……めずらしい」
記憶の中からたぐり寄せた名前を口にして、横光は思わず目を細めた。
原産は南国の植物なので、この気候の中、いくつも花を咲かすのは難しいのだろう、付けている花は一つだけだ。橙の萼を羽根、花弁を頭とたとえるようだが、尖った苞を嘴、萼を冠羽に見立てる者も少なくない。
華やかな色合わせと、それに見合わず、少しそっぽを向くようなその咲き方が、横光の脳裏に、友人の姿を彷彿とさせる。
「貴方は手前の友人に似ているな」
もっとも、その当人は目下、図書館内で仕事中だが。そう笑いながら、その場に屈んで花に顔を寄せる。
「今日は暖かい」
ここ数日肌寒い日が続いていたが、今日は朝から暖かだった。横光のいる辺りにも、午後の柔らかな日差しが差し、暖かな陽だまりになっている。
「貴方も気分が良さそうだ」
陽光に首をもたげて、金色の萼を透かす花の姿が、今朝がた寝台で仰ぎ見た、満足げな金の瞳に重なった。苞をつついてやると、その反動で、緑の嘴がねだるように、二度三度と、横光の指先を掠める。その様子が、さらに友人のそれに似ていて、横光は思わず笑みを溢した。同時に向こうから、馴染んだ気配が近づいてくるのを感じる。
「……極楽、とはよく言ったものだな」
一度は老いて死んだ身でありながら、もう一度若く、健康な身体を得た。衣食住の足りた生活に、生前慕った師匠や友人、後輩たちにも会うことが叶った。そして何より、向こうから駆けてくる盟友――
「これ以上を望んだら、罰が当たる」
利一、と向こうから呼ぶ声に、横光は苦笑いをして立ち上がる。
「しかし……なにも花に悋気をおこすこともないだろうに」
なあ、という横光の声に、利一、ともう一度声が重なった。今度の声は、やや拗ねたような色合を含んでいる。
「貴方の仲間を紹介しよう――川端」
足元の花に少し笑った横光は、顔を上げながら、近づいてきた友人に向かって手を挙げる。向こうからやってくる、羽根のような白練の髪と、陽光に透ける満足げな黄金の瞳、差し色の紫紺の衣。軽い草履の足音と共に、金木犀の香りが、いっそう強く香った。