夏椿
かすかな音をたてて、風にあおられた夏椿の花が、古びた石畳に落ちた。
その光景を目にとめて、横光は思わず足を止める。夏の日差しがつくる暗い影の中に――同じようにして落ちたのだろう、清廉な白い花が数輪、横たわっていた。
「……」
落ちた夏椿の花たちは、少し傷んではいるが、まだ美しい花姿を、路上の其処此処に晒している。その潔くも儚い姿に、記憶の中の人影を重ねた横光は、静かに瞑目した。
「――利一」
一瞬の静寂の後、目を閉じた横光の耳に、半歩先を歩いていた川端の声が届く。同時に、頬にひんやりとしたものがふれた。目蓋を上げてみれば、川端の両手が、横光の頬を包んでいる。ふれる川端の指先は、横光の熱ってしまった頬に心地よかった。
「……川端」
横光が目線を移すと、大丈夫ですか、と問うような川端の視線が、こちらを見る。
「貴方を倒れさせたとあっては、菊池先生に叱られますから……」
「……それは、こちらの台詞だ」
横光の言葉に、川端は目を細めた。そのまま、横光が夏椿に思ったことなど、見透かしているかのように、落ちた花の傍らに屈み込む。夏風に、川端の白い髪が、ふわ、と揺れる。
「――まだ、咲けただろうに」
「この花たちは……ここで落ちると決めたのでしょう」
「……分かっている」
「そんな顔をしないでください……」
腰を上げた川端は、少しきまり悪げに苦笑いし、けれど、真っ直ぐに横光を見つめた。言葉はないが、横光にはその視線が、己は此処にいるのだから、という川端の訴えだというのが解る。
「そうだな……少し、暑さでまいっていたようだ」
「私も、少し疲れてきたところです……」
柔らかく微笑した川端は、行きましょうか、と横光の手を取った。手を握る川端の指先は、横光の熱が移ってしまったのか、ほんのりと温かい。
「ああ、二人して倒れたら大目玉だ」
「ええ……菊池先生だけでなく、森先生にも絞られますよ」
「む、それは、なんとしてでも避けなければ」
芝居がかった川端の声に、横光は大げさに肩をすくめる。どちらからともなく、二人の口元から、ちいさく笑い声がこぼれた。
夏風が木々を揺らして、またひとつ花が落ちる。りん、と遠くで風鈴の音が聞こえた。
見た目に寄らず、繊細で揺らぐところの多い横光を引っ張れるのは
これまた繊細な見た目と裏腹に、根明な所がある川端じゃないかな、という。
SNSでは、短いけどとても雰囲気のある文を書かれる字書きさんが多くて
長らく憧れていたので、挑戦しました。
(実は文庫メーカーで遊びたかった、っていうのも
Twitterアカウントつくった理由のひとつだったりする)
1,000字以内(もしくは前後)、必要な5w1hは入れる、起承転結できちんとオチを付ける
誰がしゃべっているか分かる文にする、ポエムにしない、を目標に頑張ってみたのですが…
なかなか難しかったです。
でも、ついダラダラ長くしてしまう癖があるので、いい練習にはなったかな。
また折を見て、ちょこちょこ書きたいと思います。頑張る