それでも明日は鮮やかに

酒井さんと石川さんの子守日記



ちらちらと舞いはじめた風花に、隣で退屈そうに中庭を眺めていた子供が歓声をあげて縁側から 外に飛び出して行った。
「若、待ちなさい」と一枚羽織を着させようと筆を止めたが時既に遅し。
「駿河でも雪は降るのですね」
同じく書き物をしていた同僚が中庭ではしゃぐ子供を目で追いながら笑った。

その子供の生まれた日の事はよく覚えている。
その日もたいそう寒い日で雪が降っていた
走り込んできた父が滅多に見せない満面の笑みを浮かべてはしゃいでいたのが懐かしい。
そういえば、暗いことが続いて重い雰囲気が漂う事が多かった城内が、その日は遅くまで酒が 行き交い、久々に明るく温かい雰囲気だった様に思う。

「…ずいぶんと遠くまで来てしまいましたね」
同じような事を思ってのだろう、庭を見つめる同僚の目が遠くなる
三河を離れて既に3年以上。
その間に当主は家臣に討たれ、故郷の城にも城代が入り今では別の国の持ち物だ
「若君が初陣を飾れる頃には故郷へ戻れるでしょうか…」
家中の空気は依然重い。
「酒井殿?」
「ああ…」
少し郷愁に浸りすぎていたらしい、見上げれば雪雲は暗さを増していた。
今夜からは本格的に降り出すのだろう。
「まぁ、いざとなれば若殿の首根っこ引っ掴んで岡崎に戻るか」
その後は城で一戦して討ち死にでもすれば、それはそれで華々しい一時の話題にはなるやもしれない
「それはまた過激な」
「それほど遠くまで来てはいないという事」
爺や連中がどう言うかは知らんが、と付け足せば
案外「自分たちも参加させろ」とか言い出しますよ
と返ってきて、違いないと顔を見合わせて苦笑い。
風花が小雪に変わりつつある暗い空の下でも、笑い合えばどこか陽光がさした気配がする。

さて、とひとしきり故郷の重鎮をネタに笑いあった後、お互い自分の羽織を手に取った。
「…帰るにしても、ここで風邪でもひかれたらたまらん」
「ですね」
見れば中庭で遊びまわる子供の数が増えている
あれを全員捕まえて部屋に入れるのはなかなかに骨が折れるだろう。
よっこいしょ、と歳に見合わぬ掛け声とともに腰を上げた。


『それでも明日は鮮やかに』
お題配布:わたしのためののばら
私は若いのにじじくさい酒井さんが大好きです