きみの右腕が重たい

会計三、四年生のよくあるお使い風景



人々が寝静まった穏やかな夜の町
その裏通りに穏やかな夜に不似合いな喧噪が響く。
数人のお世辞にも品が良いとは言えない男達がばたばたと駆け抜ける

男達の姿が通りから見えなくなって数秒後、道端に詰まれた荷台の影から二人の子供が姿を見せた。
「先輩」
「なんだ左門」
「・・・僕たちお遣いに来ていたはずですよね」
「・・・」
委員会上がりに突然学園長に呼び止められてお遣いを頼まれるのは、まあこの学園ならよくある話。迷子が途中道を逸れそうになって到着に時間が掛かったのも想定内。
ついでにお遣い先でさらにお遣いを頼まれるのも、不本意ながらままある事。しかし
「どうして追われてるんでしょうか」
「そりゃ勿論これだろ」
懐の上からお遣いにと頼まれた手紙を叩く
「とにかく、行くぞ」
三木ヱ門は、先程から掴んだままの後輩である左門の腕を握り直し強引に進行方向へ引いた。

「とりあえず学園に戻るなり、お遣い先に行くなりするにしてもこの町を抜けないとな」
日が傾いてきた一つ前の町で、追っ手の気配に気づき移動速度を上げたが、それに気付いて焦ったのだろう。追手はこの町に入る直前から姿を隠さず慌しく追ってきている。
周囲に追っ手の気配がないのを確認しつつ、掴んだ左門の手を引っ張り、なるべく人目に付きづらい影になる裏通りを選びながら走る。
いくつか通りを過ぎた辺りで、小さな叫び声と同時に、掴んだ腕の重みが増した。
路地裏に散らばる雑多なガラクタに足を取られて転んだらしい。
「足元見て走れよ」
「走りにくいんです、手ぇ放して下さいってば」
「今放したら迷子になるだろ、この馬鹿」
この後輩は手を放した瞬間、追っ手に向かって突っ込んで行きかねない。というか絶対にやる。
こんな時にやっかいだ。
心の底からそう思って、三木ヱ門は今日何度目かのため息を、盛大についた。

「まあ、幸いなのは相手が本職の忍者ではなかった事だな」
「ですね」
相手がプロならばこんな簡単に追っ手を振り切れる筈がない。
ある程度追っ手から距離を稼いだと思われる所で、裏路地のさらに奥にある共同物置場らしい物陰に駆け込む
「此処から動くなよ」
「僕も行きます」
「こら、おおまかな様子を掴んだら戻ってくる」
だからこれを頼む、とつかんでいた手を離して、代わりに懐から出した手紙を握らせる
「奴らはこれまでの僕らの動きから二人で逃げてると思いこんでいる、バラけた方が比較的安全だ」
それに足、と指させば本人も自覚があったのだろう、顔をしかめた
「こないだ穴に落ちて捻ったばかりな上に、さっき転んだで傷になってるだろ」
「う・・・」
「あとで保険委員の同級生にどやされるぞ」
「…わかりました」
流石に学園に戻ってから、同級生にくどくど説教されるのは避けたいらしく、憮然とした表情で、しかし了解の返事が返ってくる。
勝手に動くなよ、ともう一度念を押して、三木ヱ門は傍らに停めてあった荷車に足をかけた。




男は夜も更けた裏路地に子供が居るのに気付いた。背格好から今自分が追っている2人の子供のうちの一人だろう。
背後に居るもう一人の仲間に目で合図を送れば相手もこちらの意図を察して頷き返す。
軒先の木札が風に吹かれたのか、カタカタと音を立てた。騒がれて人目に付くのも、どこかの民家に飛び込まれるのも厄介だ。
雑然とした袋小路の奥に座っていた子供は立ち上がり、おそらくもう一人の子供とはぐれたのだろう、不安そうに辺りを見回しこちらに気付かず更に路地の奥へと歩いていく。
昼間からちょろちょろとこちらの裏をかかれて、どうもいつもの仕事とは勝手が違ったが、所詮は子供だ、刃物でも見せて少し脅せば大人しくなるだろう。
そう考えて男は、ふらふらと歩いていく子供の背に声をかけた。


ふいに吹いた冷たい風に、三木ヱ門は屋根の上で足を止めた。季節は長月も半ば過ぎ、山麓の季節は移ろい早い。走り通しで乱れてしまった着物の合せを、風を入れないよう正す。
そして先程まで掴んでいた後輩の腕のを思い出す。
よく走っているからという理由もあるが、あの後輩は普段から体温が妙に高い。
「子供体温ってやつか…」
思わず口の端が緩む。
「まったく、見かけ通りだ」
自分が戻らなければ、あの決断馬鹿で方向音痴の後輩が、無事学園に帰り着くのはいつになるやら、だ。
「さて、行くか」
眼下に追っ手の一人であろう男の姿を捉え、音を立てないよう慎重に屋根を蹴った。