きみの右腕が重たい2

会計三、四年生のよくあるお使い風景2




「迷子か?」
そう後ろから声をかけられ、左門は立ち止まって振り返る。
振り返ると男が二人、路地の入口からこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。
自分の記憶違いでなければ、昼から自分たちを追っている奴等だろう。
男二人がゆっくりと歩いてくるのに合わせて、こちらもじりじりと後ろへ下がる。
三歩目に下がった右足が、適当に積まれていたであろうガラクタの山にあたって少し体勢が崩れた。
その瞬間に、手前の男が脇差を抜いてこちらに走りこんでくる
勢いはあるが振りが大きい
咄嗟に屈んで男の脛に蹴りを入れつつ、そのまま足を引掛ける
男は前に勢い込んでいた分、つんのめって顔面からガラクタの山へ突っ込んだ。
「このっ」
屈めていた身体を起こすと、もう一人の男が短刀を持って眼前に迫る。
「子供がいい気になってるんじゃない」
いい子だから手紙を出しな、と胸ぐらを掴まれて短刀が喉元にあてられる。
「それともお兄ちゃんのほうが持ってるのか」
どうやら自分たちは不本意ながら兄弟だと思われていた様だ。
そりゃあこの身長差で手をつないでたらそう見えるだろう、今度三之助あたりに身長を伸ばすコツでも聞いておこうか。
などと暢気に考えていたら胸ぐらを掴んでいる男に何事か怒鳴られる。
しかし相手には申し訳ないが、この手の怒鳴り声はクラスメイトやら、委員会の先輩やらで慣れている。
それでもやっぱり兄弟に間違えられたのは不本意極まりないので、腹いせに向かいの屋根の上で高みの見物を決め込んでいた”兄”に向かって声をあげた
「少しは手、貸してくださいよ先輩」



「しかし、よく覚えてたな、去年一度話しただけの矢羽音」
「その一回話しただけの矢羽音使っといて何言ってんですか」
とりあえず、迷子用だった縄で追っ手二人を縛り上げ、三木ヱ門は後輩の手を取り踵を返す。
「僕は授業で何回か使っているし、お前なら覚えてるだろ」
「そりゃ、まあ…で、外の様子はどうでした?」
「一人は2軒向こうの軒先で気絶させた、あと二人は南側あたりを警戒してるらしい」
「なら、たぶん北側はこれで一掃ですね」
「根拠は?」
「この路地に入る前までに走りながら確認したのは、五人でしたから」
言いながら左門が懐にしまっていた手紙を寄越す。
「話を聞く限り、気配を消してる様な奴も居るとは思えませんし、これ以上人数を増やせば人目に付きす過ぎます、ですから…先輩?」
馬鹿がつく程の決断と、方向音痴には手を焼く事この上ないが、しかしこの記憶力と観察力には舌を巻く。正直、自分が咄嗟に出した矢羽音に、此処まで忠実に対応されるとは思っていなかったのだ。
案外、この後輩は将来使える忍になるかもしれない。
「神崎」
「何です?」
「もし、もしもの話だが、僕が来年会計委員長になったら、お前を補佐に指名してやる」
「ええー」
「…何だよ、その不満そうな顔は」
「来年も会計員ですか」
「もしもの話だよ」
さて、と路地の入口に戻って早速逆方向に走り出しそうになった後輩を引き戻す。
「とにかく町を抜けよう」
届け物の期限は3、4日中という事だったから、このまま一旦学園に戻っても構わないだろう。
「学園で内容を確認して、そこで今後を検討しよう」
しばらく歩いてふと違和感に気付く
常ならば、一言二言噛み付いてくるはずのやかましい後輩が、やけにおとなしい。
「とりあえず、夜が明ける頃には学園の近くまで出られるだろう」
言って後輩の右手をもう一度握り直す。
しばらく路地裏で立ち止まっていたからだろう、その手はとても冷たかった。



ふいにみぞおちに重さを感じて、三木ヱ門は目を開けた。
遠くから聞こえる生徒の明るい喧騒と、障子から差し込む暖かな陽の光はもう昼近い位置。
会計室の天井をぼんやり眺めながら、つらつらと昨夜のことを思い出す。
あれからなんとか町を抜け、追っ手に追いつかれる事なく学園に帰り着いて
「…長屋に戻るのも面倒でここで寝たんだっけか」
ちなみに学園に戻ってすぐに確認した手紙は白紙だった。敵を欺くには味方から、自分たち二人は囮に使われたのだ。
結局白紙の手紙ひとつに一晩振り回されたのだと思うと気が抜ける。
小さくため息をついて、そこでようやく重さの主を確認した。
「やっぱお前か、神崎」
どうやら同じく隣で寝ていたらしい後輩が、持ち前の方向音痴でこちらまで転がってきていたらしい。
この年齢にしてはやや小さ目な身長と幼顔が相まって、寝顔はまだ1年と大差ない。そして相変わらずの子供体温。
しかし、まったくこの後輩の腕ときたら
「…重いんだよ、この馬鹿」



『きみの右腕が重たい』
お題配布:わたしのためののばら


時には先輩後輩だったり幼馴染だったり、兄弟だったりする。
そんな距離感が良いと思う。