リネンの小鳥

原作50巻幕間の数馬と左門



づづ、と音を立てて左門が鼻をすすると目の前にちり紙が差し出された。
「ありがと数馬」
鼻をかんだちり紙を捨てて左門が鼻声でお礼を言えば、お互い様だよ、とこちらも鼻声が返ってきた。

並べた二枚の布団、部屋の角には火鉢。枕元には薬と同級生達から差し入れの蜜柑。布団から身を起こした左門の膝の上には算盤と三年生の学年費帳簿。
左門と数馬は先日行われた水軍オーディションの巻き込まれで、風邪っぴきのため今日は授業も委員会も欠席だ。
ちなみに組が違うのに同室に寝かされているのは、片方が保健委員だから看病に都合がいいとか、方向音痴の無謀な外出防止だとか、そんなような理由。

「左門少し休憩しよう、はい」
病み上がりに根を詰めるはよくないよ
そう言って数馬が左門の手にちり紙代わりに差し出したのは皮剥き済みの蜜柑だ。
左門がそれを受け取ると、数馬はもう一つを手にとって剥き始める。
「うん、それもそうだな」
汁が飛んだらまずいと、左門は先程まで開いていた算盤と帳簿を布団の横にどける。
左門はえらいねぇ、と数馬は左門が帳簿に栞を挟みながら片付けるのを見て、しみじみとした声を出した
「こんな時まで帳簿付けなんて…今回のオーディションも出茂鹿側なのにちゃんと参加してたし」
「そりゃ任された以上はちゃんと仕事しないとな、実際忍者になって何処かの城に就職でもしたら仕事の選り好みはしてらんないだろうし」
「潮江先輩の教え?」
「うん、あと帳簿は出来る所まで進めておかないと後がうるさいし…四年生とか、火器マニアとか田村先輩とか」
「左門、それ結局一人だよね」
数馬は笑ってつっこみを入れながらそういう所が偉いんだよね、と内心思う。決断馬鹿の方向音痴で見逃されやすいが左門は人一倍責任感があって真っ直ぐだ。
ついでに保健委員にはやっかいな四年生がいなくて良かったかもしれない、と心の隅で安堵する。
「まあ、とにかくウチはそういう気風なんだ」
気を取り直すように言った左門の手に数馬はもう一つ剥き終わった蜜柑を放る。
ありがとう、と笑ってみかんを受け取った左門は数馬にむかって人差し指を立てる
「数馬こそ頼まれた仕事じゃないのに下級生の薬作りの手助けしたり、池の中まで救助に来たり…」
「あ、知ってたんだ」
「団蔵に聞いた」
数馬は何かと影が薄いなどと言われているけれど、こういう細かい気配りがすごいと左門は思う。現に今も帳簿が汚れないように皮むき済の蜜柑を渡してくれる。ついでに見た目に似合わず後輩や同級生の面倒をみる兄貴肌だ。
うちの委員会じゃ期待できない、ていうか逆に鍛錬として全員参加で徹夜で薬作りとか、関係ないランニングとかさせられかねない。と左門はここしばらくの会計委員会の活動に思いを馳せる。
そんな気配を察して数馬が苦笑いをした。
「不運にはよく巻き込まれるけどね…でもウチも委員長の影響でそういう気風なんだ」
そこまで言って数馬と左門は顔を見合わせる
「…お互い苦労するよね」
「まったくだ」

暖かい部屋には蜜柑の匂いが漂っている。時刻はそろろろ終業時間だろう、鐘の音が聞こえる。
「でも僕はそういうところも嫌いじゃないな」
鍛錬のやり過ぎはかんべんだけど。
左門が最後のひと房を口に入れて照れた様に言えば
「…僕も」
毎度不運に巻き込まれるのはごめんだけど。
と蜜柑の皮を片付けながら数馬も笑う。
一拍おいて、左門と数馬はもう一度顔を見合わせてどちらともなく吹き出した。


三年長屋の縁側に、壁越しから鼻声の笑い声が二人分聞こえる。その縁側の片隅には深緑の制服姿が二人
「…雀が賑やかだな」
「あれだけ騒げれば問題無いね」
「明後日から鍛錬漬けだな」
「後輩からの評価が意外に好意的で照れてるね文次郎」
「うるさい…てか伊作お前こそ何で鼻水たらしながらにやにやしてるんだ、気持ち悪い」

その日出された薬湯は、心持ちいつもより甘くて飲みやすかったとか。



『リネンの小鳥』
お題配布:約30の嘘