それではまた千年後に 


委員長不在の会計委員の話



上から下に話が繋がってます。
ラスト一話のみ転生現代パロディ、会計委員が兄弟になってたりします。
ご注意ください。




・僕のために泣いてくれるのでしょう

・窓を叩いたのは雨だった

・とてもきれいなおと

・極端な少年

・それではまた千年後に

・私のために笑ってくれるのでしょう


お題配布:ハチノス








  僕のために泣いてくれるのでしょう


「左門、会計室行くぞ」
「はい、田村先輩」
授業が終わってざわつく萌葱の教室
その扉を開ける音と共に現れた葡萄色の制服に声をかけられて、神崎左門は手元の教科書をまとめた。
「今日も委員会あるのか」
隣で一緒に雑談していた三之助が少し呆れた声で言う。
ちなみに六年生は二日から校外実習に行っているため大体の委員会活動は休みだ。
「先輩たちが実習に出る前に終わらせたかったんだけど、なかなか終わらなくて」
でも、入学したての一年ではないのだから、わざわざ迎えに来なくてもきちんと自主的に会計室に行くのになぁ
そう口に出すと、右隣の作兵衛が複雑な顔をして口を開きかけたが、声に出すより先に教室の入口に立った先輩が焦れた声を出した。
「はら、さっさと来い」
「はいはい、今行きますって」
頑張れよ、という級友達に手を振って(作兵衛は先輩にご苦労様です、とか言っていた)ひとつ上の先輩と共に教室を出た。

教室の並んだ校舎を抜けて渡り廊下にさしかかると、ふいに湿った生温い風が髪をゆらす。
風上を見れば山向こうは黒い雲が立ちこめている、今夜は嵐になるのかもしれない。
「降りそうですね」
「ああ」
こんな日はなんとなく気分が滅入る気がする
「先輩たち大丈夫かな」
「おまえ人の心配する前に自分の心配をしろよ」
何とはなしに口に出したら、隣を歩いていた先輩に心底呆れた顔をされた。
「忍者が迷子になって本隊に帰還できないなんて笑えないぞ」
「…もし私が戻らなかったら泣いてくれますか」
「まさか、爆笑してやる」
そう言って教科書で頭をはたかれた。
一言返してやろうかとも思ったが、遠く聞こえてきた雷の音に気を取られているうちに相手は廊下を渡りきっていて、タイミングを逸してしまった。


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  窓を叩いたのは雨だった


遠くから、けれども先ほどよりは大きく聞こえる雷の音と重ねるように音を立てて算盤を傾け、田村三木ヱ門は心中でひっそりため息をついた。
計算ミスをするのは今日これで二度目
どうにも会計室に至るまでの後輩との会話が引っかかっている。
後輩としては特に深い意図もなく口に出したのだろうが、最上級生の不在にこの天候が否応なく不安を煽る。
ついでに言うなら自分は泣くだろう、ものすごく不本意ながら。
なんとなく分かってしまう自分が悔しい
「先輩、手が止まってますよ」
「・・・・・・」
誰のおかげでこんなに悩んでいると思ってるんだ
能天気に指摘してくる後輩にうろんな視線を向けつつ、窓の外へ目を向ける。
山向こうにかかっていた雲は、いつのまにか学園の上まで広がっていたらしい。先触れのようにぽつぽつと雨粒が落ちているのが分かった。
視界の隅では一年二人がちょっかいを出し合っている。一応こちらに見えないようにやりあっているらしいが、どう見てもバレバレだ。
委員長が此処にいたらどうするんだ
「団蔵、左吉、二人ともいい加減にしろ」
声をあげるとほぼ同時に窓の外からばたばたという音が響く。
どうやら本格的に降り出したらしい。
「ああ、もう…」
先輩、早く帰ってきてください
仰ぎ見た天井には雨の音が煩いくらいに響いていた。



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  とてもきれいなおと


「のひゃぁ」
一瞬の閃光と間髪いれずに豪音が響く
間抜けな声を出して加藤団蔵は持っていた筆を取り落としそうになった。その勢いで筆先についた墨が帳簿の端を少し汚す。
「大丈夫かな、左吉と神崎先輩」
放課後に降り出した雨は夜になるにつれて激しさを増していた。
空から降ってくる大粒の雨が雨樋に収まりきれず、滝のように落ちてくるのが窓の隙間から見える。
そんな中食堂まで夜食を取りに行った同級生と方向音痴の先輩が気になって、思わず独り言を口に出したら、隣で算盤を弾いていたもう一人の先輩がにやりと笑った。
「団蔵、左吉と喧嘩していたんじゃなかったのか」
田村先輩はちょっと意地悪だ。
い組とは組で普段よく喧嘩はするけれど(実際、今日も先程までしていたのだけれど)何だかんだで大事な委員会の仲間だ。それにこの雨の中、何かにつけて爆走する方向音痴の先輩と出かけて行ったとなれば、それなりに心配で、でも口に出すのも恥ずかしいし悔しいので。
「別に、僕は夜食のおにぎりが心配なだけです」
ぶう、と頬を膨らませれば隣の先輩に今度は声を出して笑われた。
…今のセリフはちょっと左吉に似ていたかもしれない。



「のあっ」
今までにない激しい雷鳴に、任暁左吉は夜食のおにぎりの乗ったお盆を取り落しそうになった。
後ろでお茶の土瓶を持った神崎先輩が、大丈夫か、と支えてくれる。
彼の先輩がお茶担当なのは、何かあった時に(例えば先輩が、雨の中持ち前の決断力で走り出した時だとか)せめて夜食だけは無事に確保しておくように、との三木ヱ門の指示によるものだ。
ちなみに食堂にたどり着くまでに、校舎内を2周くらい走った気がする。
「左吉」
「何ですか先輩」
食堂を出ようとしたところで呼び止められて、振り返ると口に何か放り込まれた。
抗議しようにもとりあえず口が開かないので、放り込まれたそれを飲み込む。
「これは…今日の夕飯についていた唐揚げ、ですか」
「お駄賃」
なるほど、唐揚げの皿の横にはおばちゃんの字でメモが添えられている。夕飯の余りの取り置きで数が中途半端なためだろう、『皆には内緒』だそうだ。
皿の上の残りはあと2つ。
ここで全部食べていくか、と先輩が問うので左吉は首を振る。
会計室で待っている二人に持っていきましょう、と言ったら目の前の先輩は嬉しそうに笑った。
「団蔵と喧嘩してたんじゃないのか」
「別に、団蔵にばれたら後でうるさいからです」
それに、自分たちがこうして息抜きしている間にも作業をしているわけだし…
そう言ってそっぽを向いたら、左吉はいい奴だな、とがしがし頭を撫でられる。

結局残りひとつは団蔵、もう一つは左門と三木ヱ門が分けて食べた。


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  極端な少年


級友からの合図を受け、潮江文次郎は走っていた地面から手近な木の上へ飛び乗った。
昼過ぎから降り出していた激しい雨は夕方を過ぎて嵐と呼べる程になり、時折激しい横風が彼の立つ太い枝を揺らす。
その揺れを足で受け流しながら、口元まで引き上げた頭巾の下で小さく笑った。
激しい雨風は一般の人間には不安を煽るだけのものだが、忍者にとっては物音を紛れさせ、月明かりを厚い雲で隠す味方となる。
今のところ実習は万事順調、上手く行けば今晩中には学園へ戻れるだろう。

向かいの木の枝に立つ同級生と情報交換をしつつ、処理の途中で残してきた帳簿のことを考える。
出がけの時点で、あともう一息というところだったから、会計委員の後輩達が総出で頑張っていればそろそろ終わっているはずだ。
四年の後輩は、平素自分の所有する火器が一番と公言してはばからないが、それでも委員会の仕事はきっちり処理するし、自分が不在の後輩の面倒はきちんと見るだろう。火器が使えない雨の日には、少し情緒不安定になっている事もあるけれど。
三年の決断方向音痴は、机の前に座らせておけば一応それなりに仕事もこなす。流石にこんな豪雨の中を走ろうという決断はしないだろう、多分。
そして一年生二人に関しては、二人共責任感はあるから任せておいた分の仕事は終わらせられるはずだ。お互いがちょっかいを出し合って、よほど脱線していなければ。
「・・・・・さて」
何故か妙に不安だけが心中に残った気がしたが、時刻はまだ宵の口。実習が終わったら長屋へ帰る前に、会計室へ寄って様子を見ていかなければならない。
眼下の地面を走って行く人影は、は組か、ろ組か
「行くか」
向かの級友に合図を送り、風でたわむ枝から足を離した。



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  それではまた千年後に


予想通り雨は宵とともに激しくなり、風も強まった。
この風雨の中校舎から出て、各長屋へ戻るのはさすがに危険ということで、この日は会計室に泊まりとなった。

雑魚寝用に用意してある薄い布団を敷いて川の字に寝る。
並びは奥から、団蔵、左門、三木ヱ門に左吉だ。
「・・・左門」
「・・・なんですか」
灯りを消して半刻、雨戸を揺らす轟音や天井から響く雨音に動じる気配もなく、両隣の一年生は既に寝息をたてている。
「私はお前が戻らなくても泣いてやる気はないけど・・・」
ひときわ大きな風音と共に部屋が軋む。
「左吉と団蔵が泣くから、お前はもう少し迷子癖を直すように」
「なんですか、それ」

密な二人分の笑い声は、雨音と風音に紛れて部屋の外には届かない。
嵐は一晩かけて学園の上一帯を通り過ぎていった。


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  私のために笑ってくれるのでしょう


瞼の裏でかすかな光を感じて左門が目を開けると、リビングの閉じた雨戸の隙間から朝日が洩れていた。
「・・・重い」
肩の上にある重みを確認してみれば弟の右足が見事に乗っかっている。
もう一人の弟は何処に行ったか、と辺を見回すと、ひとつ上の兄と一緒にちゃっかりソファを占領していた。ついでにそのソファにもたれるように長兄が床に座り込んで眠っている。ちなみに自分と弟はラグの上に夏用の布団に絡まりながら転がっていて、これ以上ない見事な雑魚寝状態だ。
更に部屋の中を見ると、リビングの卓上にはスイッチがオフにされた懐中電灯ときちんと揃えて積まれた兄のレポート用紙、自分と弟達の宿題ドリル。
寝る前には各々の席に置いたままだったから、自分たちが眠っている間に帰宅した長兄がチェックを入れながら片づけたのだろう。電車が止まって今日は帰れないかもしれない、と連絡があったが、結局自力で帰ってきたのか。見れば目の下にうっすら隈が出来ていて、少し笑ってしまう。
「よいしょ、っと」
床に転がる弟と兄を避けつつ、掃き出し窓の雨戸を開ける。
嵐の後特有の少し湿った、けれど爽やかな空気と朝日が部屋の中に差し込んだ。

昨晩は天気予報で言われていた通り嵐になった。
どうやら予報以上だったらしく、激しい風雨で電車は止まり、落雷のせいで夕飯時には停電になった。仕方がないので懐中電灯を出して兄弟でリビングに集まって各々宿題をしながら時間をつぶしたのだ。
夢の中で唐突に過去のことを思い出したのは、多分昨晩があの日と似たような状況だったせいだろう。
どうせ思い出すならばもっと劇的な場面も沢山あったろうに
無駄に爽やかな青空を眺め、寝起きのぼんやりした頭でうつらうつらそんな事を考えていると、左門おはよう、という声と共に長兄の手が頭に置かれた。
「昨日はご苦労だったな」
「お帰りなさい…潮江先輩」
「・・・・・・」
何となく、そう呼んでも大丈夫な気がして返事を返すと暫くの沈黙の後、ただいまという笑い声と一緒に久しぶりだな、と頭をがしがしと撫でられやはり夢ではなかったのかとこっそり安堵した。
今までも兄弟として何回かこんなふうに頭を撫でられたりしてきたが、今朝は特別懐かしい気がして声をだして兄と一緒に笑った。
その後ろでいつのまに起きたのか、先程までの会話を聞いていたらしいもう一人の兄が神崎、この馬鹿、とか号泣しながら何か言っている。
この人はアイドルとか言っていた割に、顔の動きが面白過ぎじゃなかろうか
「タンバリン鳴らして爆笑してくれるんじゃなかったんですか」
ね、田村先輩
こちらに向かってくるもう一人の兄に笑いかけたら、レポート用紙とドリルの束で頭を叩かれた。

…角は痛い。


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「ツンデレ」よりも「意地っ張り」という方がしっくりくる人達。
この子達が兄弟だったら、毎日何かと喧嘩しながら、それでも良い兄弟になってそうだ。