caution

若い娘に乗り換えたりはしてませんが、本編終了後に故人を追想する話です。
思い入れが強い方にはイメージを損なう場合があるので、ご注意ください


キャンディはシガレットケースに
本編終了後のクリスとメイイェン


『ガンナー、ウィザードIDロック解除』
『転送完了、定時偵察お疲れ様でした』
AI達のナビゲート音声と共に、格納庫にモーター音を響かせながらホロニックローダーが回収される。
一拍おいて格納庫の床に淡い光が二人分の人影を縁取り、人の姿が現れた。
二人の人影うちの一人、クリスはスーツ越しに床の感覚があるのを確認してもう一人の人影に声をかける
「お疲れさんメイイェン」
「はい、クリスさんもお疲れさまでした」
明るい少女の声と鮮やかなピンクのホロスーツの色に、灰色の無機質な格納庫が、そこだけ明るい光が射したように華やいだ。

「もう少し遅くなると思ったが」
「意外に早く戻れましたね」
機材のチェックを済ませ、私服に戻り、報告のためブリッジに続く通路二人して歩く。
大きく取られた窓からは穏やかな午後の陽光が射し込み、灰色の長い通路を明るく照らしている。
「この後は舞浜か」
「はい」
隣を歩くメイイェンは、舞浜南高校の制服を着けている。少女のいそいそとした様子に、クリスが思わず笑いながら尋ねると、胸元のリボンを整えながら楽しそうな返事が返ってきた。
彼女と彼女の姉、そして同じく上海サーバー出身のルーシェンは、数か月前から高校生として舞浜サーバーに組み込まれている。
宿題だ遅刻だ、と連日なんだかんだで楽しそうな彼らを、――メイイェンとパートナーを組んでいるシフト上――愛犬と共に毎朝見送るのが彼の日課になりつつある。
まるで保護者だな、とは現在所属している艦の某司令の言だ。
こんなでかい娘がいる歳じゃないですよ、と言いつつ彼としても、それほど悪い気はしていない。
「今日はテストだったから、任務があって実は助かっちゃいました」
「サボリか、この不良娘」
こら、と頭をはたこうとすると少女は笑いながら二、三歩逃げる。
「えへへ・・・っと」
ターンした弾みで、スカートから年頃の女の子らしいピンクのパスケースが床に落ちた。
「おっと、悪いな」
「いえ」
クリスが、拾い上げたパスケースに視線を落とすと、中には定期ではなく写真が収まっていた。
「ありがとうございます、これ私たちが小さい頃に撮った家族写真なんです」
視線に気づいたメイイェンが改めてクリスにパスケースの中の写真を見せる。
「お母さんとお父さん、こっちが私で隣がメイウー」
「…メイイェンはばあちゃん似だな」
「せめてお母さん似って言ってください」
笑いながら写真を示す少女の瞳が、懐かしそうな、しかし悲しそうな色を帯びる。
そんな様子を横目で眺めて、クリスはジャケットから取り出した煙草に火をつける。溜息の代わりに煙を吐き出た。
「・・・じゃぁ今度俺が代わりに行ってやるか、何だっけほら……保護者面談?」
「えーおじさんじゃちょっと」
敢えて誰、とは言葉にしないで、おどけた調子で笑いかけると、メイイェンもつられて笑顔を見せた。
「お兄さんだろ、まだ」
「それに怒られちゃいますよ、奥さんに」
「いいや、アイツなら笑いながら言うな『一緒に買い物に行ける可愛い娘が欲しかったのよ』ってな」
「…言いそう」
二人分の微かで柔らかな、けれどどこか寂しさを含んだ笑い声を背景に、サーバーで演算投影された紫煙が、穏やかな日差しを透かしながら、プログラム通りにゆっくりとゆらぎながら天井に上って、次第に消えていく。

ふいに、通路に立ち止まっていた二人の前方の扉が開いた。
「お帰り、メイイェン」
「お姉ちゃんルーシェン、ただいま」
扉の向こうからからメイイェンと揃いの制服を着たメイウーが、妹の姿を見つけて嬉しそうに駆けてくる。その後ろを歩いてくるルーシェンも同じく制服姿だ。
二人とも数日前までは制服に着られているようにも見えたが、現在ではすっかり高生が板に付いている。
「リョーコにね可愛い雑貨屋さんの場所教えてもらったんだ」
「良いな、私も行きたかった」
「そう言うと思ってまだ行ってないの、今度みんなで行こうねって」
他愛ない会話は此処が戦艦の中というのを忘れるくらいに平和だ。
その様子を眺めながら、クリスは煙草を咥えて目を細めた賑やかにはしゃぐ姉妹の姿が、ひどく眩しく感じられるのは、午後の日差しのせいばかりではないだろう。

姉妹が今日の近況を報告しあっている間、手持無沙汰になってしまったので、クリスは同じく二人を見守るルーシェンに、よお、と声をかける。
「学生さんも大変だな」
テストだったって?と尋ねると苦笑いを返された。
「そちらこそ、今日も戦闘があったそうだが」
「言うほど大したものじゃなかったな」
「片が付くには、まだまだ時間掛かるか……」
「まぁ、ここまで来られたなら上々だろう」
そう焦るな、と言って笑いかける。
こちらの方は好敵手兼友人と入れ違いになって、いろいろと思う所もあるのだろう。
「――さて、それじゃ報告は俺が行ってくるから、三人とも買い物の続きしてきな」
残り少なくなった煙草を携帯灰皿に落とすと、ひととおり今日の近況を話し終わった姉妹に声をかける。
「いいんですか」
「ああ」
「ありがとうございます」
「ありがとうクリス」
姉妹が声をそろえて、同時にルーシェンが視線で礼を言うのに笑って応えて、行ってこいとメイイェンの背中を軽く押す。
ルーシェンを挟んで歩く後ろ姿は制服もあいまって、まるで三人の兄妹の様だ。
もっとも、お嬢さん方に言ったら怒られるか。と内心苦笑いした所で、不意にメイイェンがこちらを振り返って戻ってくる。
「よかったらこれ」
今二人がくれたんです、そう言いながら手渡されたのは個包装されたキャンディが三つばかり。
「口が寂しいからって煙草ばっかりじゃ良くないですから」
「メイイェンは良い子だな」
ばあちゃん似でと付け加えるともう、と頬を膨らませた後いってきますね、と末っ子らしい愛嬌のある笑顔をみせて先を行く二人のを追いかけていった。

その背中を笑って見送って、クリスは掌に乗せたキャンディの包みを転がす。個包装は透明になっていて、中のガラス玉のようなキャンディが、陽の光を透かして彼の掌に色とりどりの淡い影を落とす。
そのキラキラとした包みを、今開いてしまうのはもったいない気がして、彼はそっとキャンディを内ポケットのシガレットケースに入れる。
「本当、良い子達だよ……なあ……」
誰に言うともなく呟くと、報告のためブリッジへと歩きだす。
――人気のなくなった明るい午後の通路に、紫煙の名残が柔らかに揺れた。




『キャンディはシガレットケースに』
お題提供: 約30の嘘



12話のちょっとぎこちない感じから25話メイイェンの「私も」が
仲良くなった…ってか信頼関係が出来たって感じでいいなーと。

メイイェンの炎はきっと蝋燭の灯りとか、暖炉の炎みたいな感じ。