永遠だねと月が笑う僕の背中


――それで
と言いながら屋上に設置された柵に手を置こうとしたクロシオは、そこが雨露で濡れているのに気がついて慌てて手を離した。
「それで、次の周回からソゴル・キョウを舞浜サーバーに戻すとか」
「早耳だな、誰から聞いた」
「さっきリチェルカから調整をよろしく、と」
リセットが近づく舞浜サーバーの天気はここ数日間安定していない。サーバー内の高校屋上から望む空には先程までの大雨が嘘のように白い月が浮かんでいる。
その出来の良いプラネタリウムの様な空を眺めながらクロシオは苦笑する
「それに、あの人数で早耳も何もないでしょう、司令」
現在のオケアノス所属のセレブラントは片手で数える程だ。
司令、と呼ばれたシマの方も口元に微かな苦笑いを浮かべている。
「そういえば彼はこれまでの記憶が無いとか」
「ああ、"思い出せない"と言った方が正確らしいが」
「シズノにはもう?」
「まだ伝えてはいないが…いっそ記憶は無いほうが戦場に戻すのはスムーズだろう」
冷静に眼鏡を押し上げる姿は昼間の『影が薄い気弱な生徒会長』、という姿とは別人だ。
「使えるようになると思うか」
「使えるようになってもらわないと困るでしょう」
正直、リブート前の彼の様子を見るに、戦場に戻せるかは微妙なところだ。
けれど現状の人で不足の影響で、自分が前線に駆り出されるのは御免こうむる。
「酷な話になるだろうが・・・」
「どこの艦でもよくある話です」
――彼も、自分も。
視線を落とした足元では、水たまりに映った青白い三日月が、落ちてくる水滴の作る波紋に、砕けてはまた元の姿に戻るのを淡々と繰り返している。
その様子がまるでタチの悪い皮肉のようで、クロシオは足元から目をそらす。
「・・・・・・どうせ思い出せないなら、今度の彼はもう少し気楽になってくれると助かるな」
扱いにくいったら、と頭上の月に冗談めかして愚痴ると、隣から同意を含んだ笑いの気配が返ってきた。


「先輩、クロシオ先輩」
呼び掛ける声に現実に引き戻され、クロシオは目の前の機材に視線を戻す。どうやら 昔を思い出し、作業の手が止まっていたらしい。
聞いてんの、と背中越しにかかる声に、聞いてるよと手を振って応える。
文字通り一人しかいないから、と作業場以外の照明を落とした夜の工場内だが、後輩の赤毛はよく映える。
「はいはい、去年より豊作なトマトの話はもう聞いたよ」
製作途中のリザレクションシステムは、未だ不明な技術を使用している箇所も多く、細かなト
ラブルやアクシデントも少なくない。その都度手伝いやら雑用やらで駆り出されるクロシオは、いつのまにやらキョウの縁側茶飲み 友達の一人にされている。
こんな日常も悪くはないが、いつまで続ければ良いのやら、と眺めた窓越しに、現実世界の海が映る。
海上に映る満月の姿は、波に砕かれて跡形もないが、海面に散った光で辺りは明るい。
「そういえば今日カミナギは? なんか姿を見てないけど」
「聞いてないのか、シズノと副会長と一緒に新しい夏祭りの浴衣を買いに行くって張り切ってたけど」
朝から化粧なんかして、そりゃあもう楽しそうに
「俺、全然聞いてないんですけど」
「……君、そのうちあの二人にカミナギさん取られるんじゃないか」
「いや、いやいや、ありえねぇ…と思うんだけど」
「女の横のつながりは怖いぞ…」
「マジで?」
「ああ、マジで」
クロシオは目の前で冷や汗をかく後輩に、今までの経験を思い出し深刻に頷く。
波に反射され、室内に届いた月の光が笑うように揺れた。





『永遠だねと月が笑う僕の背中』
お題提供: 約30の嘘






最後のキョウとクロシオのやり取りが書きたかった。
キョウ不在時のシマとクロシオの関係とかどんなだろうなーと
24話のあの視線に上司部下としてだけじゃなく、友人としての意味合いも入っていてくれたら私は嬉しい。
あとパチスロでクロシオが先輩のことをシズノ呼びしていて少し驚きました。
でも良く考えたら他に呼び方もないか…