caution

本編11話のラストが入ります。察してください
アークの一人称とモノローグが差し込まれています。
苦手な方はご注意ください


sourire
本編11話の幕間、アークとクリス



見上げた彼の顔は黄昏の光と、モノクロに滲んでいく視界でよく見えなかった


「まあ可愛い、ねクリス」
「ああ、本当だなアーク」
店の中を見渡して、思わず口元がほころんだ。一拍遅れて自分の後から店に入ってきたクリスも、穏やかな笑顔を浮かべている。
シズノにリクエストして連れて行ってもらった舞浜サーバーのペットショップは、こぢんまりとした可愛らしい店だった。
例の如く店員の姿はなかったけれど、清潔そうで明るい店内では、通りに面したショーウィンドウのケージの中、子犬や子猫がじゃれあったり昼寝をしたりと自由にくつろいでいる。
「どの子にしようかしら」
とりあえず入り口に近いケージから順番に覗いていく。
シバ、チワワ、トイプードル、ロシアンブルーにペルシャ。
(日本では犬や猫も小さい子が主流なのかしら)
隣を見ると子猫がクリスの指にじゃれついているのが見えた。
「・・・やっぱり船に乗せるなら猫より犬かしら」
「連れて行くのか?」
「ええ、もちろん」
自分の時間が残り少ないと知った時から、何か残していけるものはないかと考えていたが、具体的に『なに』を、と決めたのはつい先日のこと。
先の短い自分と彼との間に、それでも形あるものを残しておきたいというのは、自分がいなくなった後、彼が哀しんでくれるという己惚れ。そして彼の行くであろう未来に、微かでいいから自分の気配を残したい、というささやかな独占欲だ。
(…嫌な女ね、これじゃ)

「アーク?」
「なんでもないわ、クリス」
心配そうに覗き込んでくる彼に笑いかける。
無理を通して舞浜に来たのだ、せっかくの時間を大切にしなければ。
「私のところにはベッドを占領する大きな犬が一頭いるから、子犬が良いかしらね、って思っていたのよ」
「その大きな犬ってのは、首輪の代わりにピアスのついた?」
「ええ、女の子を口説くのが上手なね」
笑いながらビーグルの子犬が寝ているケージを眺める。
そう、どうせなら手の掛かる子犬が良い。自分が居なくなった後、彼が寂しがる暇もないくらい手を焼くような、やんちゃな子。
そこまで考えて、ふと足元にちいさな気配を感じた。
目線を下ろすと、いつの間にケージから出てきたのか、こちらの考えを見越したかのようにミニチュアダックスの子犬が足元でこちらを見上げている。
「あら、あなたが立候補?」
屈みこんで子犬の頭を撫でてやると、嬉しそうに尻尾を振って鼻を鳴らす。
そういえば、モンパルナスのアパートで昔飼っていたあの子もミニチュアダックスだった。
目の前の子犬は、懐っこい表情とよく動く尻尾、何よりカフェオレ色の毛皮の手触りが、クリスの柔らかで少し癖のある髪によく似ている。
「この子にするわ」
抱き上げた子犬は暖かく、抱いた手のひら越しに感じる鼓動がいとおしい。
「クリスどう?可愛いでしょ」
「ああ」
「貴方に似てるわ」
「君が大好きなところがね」
「もう、本当に女を口説くのが上手ね」
くすくすと二人で笑いあう。こんな時間がいつまでも続けば良いのに。
「そのまま、ってわけにもいかないな…キャリーを貰ってこよう」
「ありがとう」
店の奥を覗きに行った彼の背中を見送って、ぱたぱたと腕の中で尻尾を振る子犬に笑いかける。
「皆にお披露目して名前を決めなくちゃね」
ショーウィンドウの向こう側にシズノとキョウ、そしてキョウの幼馴染というリョーコの姿が見える。
キョウがリブートされて記憶が無くなったと聞いたときは驚いたが、今の彼を見る限りでは、昔のどこか鬱々としていた雰囲気が消え、むしろ存外いいところに落ち着きそうだ。
(それよりも問題はシズノね。うかうかしてると、あの幼馴染ちゃんにもって行かれちゃうわ)
まったく彼女はいつも変なところで遠慮がちで、もう一押しが足りないのだ。
「やっぱり私がいなきゃ駄目みたいね、シズノ」
おそらく、自分が彼らの行く先を見届ける事は出来ないだろう。
(…けれど、私にできる精一杯はやっていくつもりよ)
これも自分が残せる『何か』のうちのひとつだ。
通りで談笑しながら自分たちを待つ彼らの背中は、まるでこちら側が現実で、サーバーの外で行われている戦争の方が幻であるかの様に平穏としている。

――どうか、あの子達の行く先が光溢れるものでありますように

「…おいおい、どうした二人して」
シズノたちを眺めている姿が、ショーウィンドウの子猫を見ている様に見えたのだろう。振り返ると、キャリーを手にしたクリスが笑いながらこちらに歩いてくるところだった。
「もう一匹連れて行くとか言い出すなよ」
「まさか、この子が居れば十分よ」
その返事に応えるように腕の中の子犬がさらに尻尾を振って、嬉しそうに頬を舐める。こんな所も彼にそっくりで、何ともいえず幸せな気分になった。
(これで、心残りがひとつ消えたわ)
残るは、美人で仕事も出来るくせに、何かと不器用な親友の恋路だ。
「さ、早く皆に見せに行きましょう。シズノ達の驚く顔が見たいわ」
「そりゃ驚くだろう」
言いながら、クリスが店の扉に手を掛ける。
開いた扉から見えた舞浜の夏空は、抜けるような青色をしていた。


見上げた彼の顔は黄昏の光と、モノクロに滲んでいく視界でよく見えなかったが、彼の頬に触れる掌の感覚で、どんな表情をしているのかすぐに分かった。
「…わんちゃんの名前 何にする?」
聞こえてきた答えはとても懐かしく素敵な名前で、思わず口元がほころんだ。

――ああ どうか
どうか、貴方とあの子達の行く先が

「……すてき」

光溢れるものでありますように













BGMは志方あきこさんの『Sorriso』
タイトルもここから(イタリア語からフランス語の綴りに変えてあります)