この街はパレードの終着点
本編18話と19話の間の裏側



「どうしたものかな…」
独り言をつぶやいて、クロシオは作業開始から、何度目かのため息をついた。
照明の灯っていない、深夜の舞浜南高校の会議室。室内唯一の光源である、ノートパソコンのバックライトが、クロシオの手元を、青白く照らしている。
戦艦の操縦やサーバーメンテナンスはAIに任せておいて問題ないのだが――むしろAIの方が人間よりも遙かに確実で正確だ――AIでは対応出来ない仕事もある。
同じ人間相手の柔軟な対応が必要な遣り取り。無意識が経験上からの微かな違和感を感じ取る、いわゆる予感や虫の知らせ。前線を退いたクロシオが、未だブリッジ要員として、戦闘やその他に携わるっているのも、そんな諸々の仕事をこなすためだ。
そして現在も、先日以来から感じている違和感の原因を確かめるため、こうして夜中の会議室でデータの確認をしている。

「分からないよな…やっぱり」
見直した画面の情報に、特段異常が無い事を確認して息をついた。ついでに凝った肩を廻して、伸びをする。
クロシオの所属するオケアノスでは、ここ最近イレギュラーな事態が続き、彼の仕事量も倍増している。
「残業手当が欲しいぐらいだよ」
独り愚痴りながら、ふと、パソコンの画面に映り込んだ街灯り気づく。
その画面に連なる光に既視感を感じて、クロシオは窓の外へ視線をむけた。
都心に近く、開発が進んでいるためなのか、静岡に比べ明るいビル街。市街地の連なる街灯り。その向こうに、ランドマークである観覧車のカラフルなイルミネーション。さらに遠くには存在しない筈の東京の夜景が、いっそ悪い冗談のように華やかに輝く。
「あー、なんだっけコレ」
どこかで見たんだけど、と既視感の正体を探ろうと、記憶をたどり始めた所で、背後から声が掛けられた。

「こんなところに居たの」
振り返った肩越しには、彼の相棒であるイリエが立っていた。足音も、扉の開く音も聞こえなかったが二人とも特に気にはしない。
「灯りも点けないで」
クロシオの後ろからノートパソコンを覗き込む。
「これ、今までのオケアノスの航路と戦闘データね」
「ここ最近の司令のやり方が、どうも強引過ぎる気がしてね」
「司令はソゴル君に期待を掛けている様だし…カミナギさんの事も、今はパイロットも少ないし、事態が事態だから仕方が無いんじゃないかしら」
「分かってる、でもどうにも引っかかるんだ」
カミナギ・リョーコの異例の速さでのセレブラント加入と事故、そして復元者のオケアノスへの侵入。確かに尋常でない例外事態ばかりだが、それを差し引いても、あの秘密主義な司令の考えは読めない。そしてそれはクロシオに妙な違和感と、先の見えない不安を抱かせる。
「元パイロットの勘?」
「そうとも言えるかな…信じる?」
「……信じましょう」
微かな笑いの混じった答えと共に、肩と背中に温かさが触れる。
今でこそオケアノスのブリッジで隣に並んでいるが、この背中に感じる彼女の気配は、戦場を共にしたなじみある感覚である。けれど
「…イリエ」
首元に巻かれる両腕と、背中にかかる柔らかな重みと体温。背後の彼女が自分に抱きつつ、もたれかかっているのが分かる。それは構わないのだが、ついでに現役時代、彼女のホロスーツから目にしていた胸元を思い出し、クロシオは小さく呻いた。
「重い?」
「いや別に」
そうじゃなくて、と平静を装った口調と顔で返事をすれば、背後のイリエが、くすくすと(外見上での)歳相応な少女めいた笑い声をもらす。
その声を聞きながら、確信犯か、と苦笑いして、クロシオは窓の外を眺めた。
鏡のようになった窓には、うっすらと自分達の姿が映っている。何も知らない人間が見れば、先輩後輩のほのぼのとした学生カップルの様子に見えるだろう。しかし二人の関係は、そんな平穏で楽しげなものではない。
今クロシオの背中にかかる重みは、失くしてしまった故郷と、戦友達の重さでもあるのだから。
――せめて今背中にかかっている、唯一残ったこの温かな重さだけでも守らなければ。たとえ、あの司令を出し抜いてでも。
そう思いながら街灯りを眺める。先程感じた既視感の正体が、ふいに頭の中に浮かんだ。

「ああ、そうか…だから見たことある感じだったんだ」
「何が」
「街灯りが」
「街灯りなんて何処も一緒じゃない」
「そうじゃなくて、何処かの遊園地かなにかでなかったっけ、こういうパレード」
「確かにそうね…ええと…」
色とりどりの電飾をつけた大型のフロートが、軽快な音楽と共にまるで魔法のように夜の園内を行進する。徹底した演出で、多くの来場者やリピーターが訪れる、海外の大型テーマパーク。
キャッチコピーは確か―
「夢と魔法の国」
同じ事を考えていたらしい、イリエの口にしたフレーズに、ああそれだと頷く。
魔法の国で夢のように光リ輝くフロート達。しかし電源供給が無くなれば、それも一瞬にして、無用の機械や配線の絡んだガラクタの山となるのだろう。
「まさに夢の国だな、ここは」
「クロシオ」
諌めるような声に、冗談だよと笑いかける。
「そろそろ戻りましょう、舞浜に戻ったら状況が動くわ…そんな気がする」
「元ウィザードの勘?」
「信じる?」
「…ああ、信じるよ」
この永遠に続くような夢の国のパレードが、どんな形で終幕を迎えるのか見当はつかない。ただ、存外早くに決着が着くのではないだろうか。
そんな予感を抱きながら、クロシオはパソコンの電源を落とした。




『この街はパレードの終着点』
お題提供: 約30の嘘








イラスト「静岡組」の裏側
クロシオが21話での降伏条件に僕『達』って言うのが…
自分だけこっそり安全を確保するような奴なら、ここまで入れ込まないんだけど
彼なりの最善かつ確実な選択で、と思うともう…何とも言えない。良い子なんだよ、あいつは。

ついでに、カミナギがキョウに、自分は重い、と訴えるけれど、 キョウにとってのカミナギと同じくらい、クロシオにとってのイリエもまた重いんじゃないかな、とか。
物事の重さは、その主観によって変わるよね

そんなこんなを織り込みつつ書いたのでちょっと主題が迷子気味…