永遠を生きた数秒間のこと
「――あ」
視線の先を小さな流星がかすめていった。
何気なく窓の外を眺めていたクロシオは、思わず声を上げる。
ひと気のない、舞浜南高校、深夜の教室。窓の向こうには、いつもなら煌々と灯っているはずの街明かりはなく、代わりに現実ではありえないくらいの、星空が広がっている。
「突貫工事にしては、まあまあでしょう」
不意にかけられた声に振り向くと、クロシオの相棒であるイリエが、教室の入り口に立っていた。
どうやら、彼女がフォセッタと共に担当していた空の補修は、あらかた片付いたらしい。こちらに向かってくる彼女は、いつもより柔らかな雰囲気と表情をしている。
「お疲れ」
「ありがと」
どうぞ、と目で示すと、イリエはクロシオの隣の机に腰掛ける。
セレブラントの総力戦により、ガルズオルムとの戦いは、ひと段落ついた。しかし、先のサーバー内での戦闘で、舞浜サーバー内のデータ破損が激しく、クロシオとイリエは、ここ数日舞浜サーバーの補修に、文字通り走り回っている。
「学校周辺も終わったよ、向こうの市街地は明日かな」
「そうね、明日は私もそっちに応援に行くわ」
「ああ、助かるよ」
軽く業務連絡を済ませて、どちらともなく、空を見上げた。
灯りをつけていない教室は、海底に沈んだ船の船室の様に、深い静寂を湛えている。
「けど、イリエ」
「ん、何?」
深海の沈黙に、ことり、と浮かぶ泡をクロシオは浮かべた。
「天の川に冬の大三角形…なんかむこうの方に、南十字まで見えるんだけど」
「手近なテクスチャで穴埋めしただけだから。今晩だけよ、それに明日になったら皆忘れてるわ」
いくらなんでも、盛りすぎじゃない?クロシオが苦笑い気味にこぼすと、隣のイリエは反論しながら、くすくすと笑った。
ひと仕事終わって、機嫌が良いのか、仕事の出来に満足なのか、彼女はめずらしく、小さく鼻歌を歌っている。
「いいのかなー」
「一応、許可は取ってあるわ」
抜かりはないわよ、言いながらイリエは、少し自慢げに胸を反らす。
そのまま、腰掛けていた机から降り、その場でステップを踏みながら、軽やかにターンをする。星明かりの光の下で、白いラインが入った制服のスカートがはためいた。
3拍子のワルツ。
「憶えてる?」
「うん、たぶん」
まだ、ヨーロッパ圏のサーバーが生きていた頃だろう。
アジアの学校には、プロムが無い?ダンスの一つも踊れないと。と散々言われ、教え込まれた憶えがある。
「誰に習ったのかは……ちょっと憶えてないけど」
「……ずいぶん昔の事だもの」
クロシオが照れ笑いに隠して白状すると、ステップを止めたイリエの手が、彼の前髪を撫でる。言外に仕方ないわ、と微笑むその仕草は、とても優しい。
お互いの来しかたは、お互いが一番理解している。
それじゃあ。とひとしきり、クロシオの前髪を撫でたイリエは、彼の前に手を伸べる。
「一曲お相手いただけますか?王子様」
差し出されるイリエの腕は、舞浜サーバーを庇ったせいで、欠けてしまっている。けれど、そこから零れる淡い緑の光が、楽しげに笑う彼女の輪郭を美しく縁取っていた。
こんなに楽しそうないイリエは、久しぶりに見たかも。そう思いながら、クロシオは彼女の手を取る。そんな彼自身の腕も、所々欠けていて、欠けた所から光が漏れていた。
重なった二人分の光が、深海の様な教室を仄かに照らす。
その淡い光を、どこか温かく感じることに安堵しながら、クロシオも笑う。
「……いいけど、明日になったら王子の魔法が解けて、猫になってるかもよ」
どこかの司令みたいに。
「その時は、特別に膝にのっけてあげるわ。これまでの健闘を称えてね」
「それは光栄」
ぎこちなかったステップは、徐々になめらかさを増していく。
「あ、また流れ星」
「ふふ」
――年を重ねてゆくあなたを、ずっと傍で見ていられますように
ウテナ劇場版「時に愛は」のダンスシーンが大好きです。という話
私はこのネタで5年は楽しめる気がする