シュレディンガーの猫/ねぇどこにいるのあなた 3
――しまった、と思った事までは覚えていた。
いつもと変わらぬ、オケアノスのブリッジ。そこにクルーの一人である、ソゴル・キョウの間の抜けた声がこだました。
「サーバーメンテナンス?」
「はい、そうなんです」
少し申し訳なさそうな顔をしている、フォセッタのホログラム。その向こうで、キョウがかつて無いほど、爆笑しているのが、シマの視界に映る。
「今回は大掛かりになるので、開始時間までにはオケアノスに戻っていてください。と言ってあったんですが」
「……失念していた」
舞浜サーバーのメンテナンスは、しばらく前から内々で決めてあった。しかし直前に敵との交戦があり、通達が伸び伸びになったうえ、その後の処理に追われて、すっかりとり紛れていたのだ。
めったに無い自身の失態に、シマはため息をつく。
ちなみに、他の生徒会メンバーは、データの確認作業中だ。事の真相を伝えたときには、全員に複雑な顔をされた。
さもあらん、数時間だけとはいえ、完全に普通の高校生として、校内で右往左往していた記憶があるのだから。
「ま、何も無くて良かったよ」
慰め半分、茶化し半分でくつくつ笑うキョウの言葉に、フォセッタも真面目な顔で頷く。
「本当ですよ。定刻になっても戻らないので、とりあえず学校周りだけ隔離して……下手に弄ると何があるか分からないので、私達も手が出せなかったんですからね」
「あー、うん、すまなかった」
子供の様に、めっ、とされて、シマは思わずフォセッタから視線を逸らす。
キョウのさらに後ろでは、シズノのメイ姉妹が、舞浜サーバーから持ってきた風鈴を、物めずらしげに触っている。
「見てみたかったな、素で生徒会長やってる司令」
「……」
にやにや笑うキョウの台詞に、シマはこめかみを押さえる。
その様子を見たフォセッタは、くすくすと笑いながら、でも、と言い添えた。
「こちらから下手に干渉すると、元の司令に戻りますよ」
「そっか、実際に中に入れれば良いけど、そうなると自分も観測される側ってわけか」
「ええ、それに今回は、本当にそうなっていたかどうか、分からないんです」
「どういうことだ?」
首をかしげるキョウに、シマは薄く笑って見せる。
「幻体といっても、量子コンピューターの中で、シミュレーションを繰り返すデータの要素の一つでしかない。しかも今回僕達は、学校と言うファイルの中に乱雑に放り込まれた、極めて不安定なデータだった」
「はい、なので、サーバーメンテナンスが終了して、サーバーがシミュレートを再開した時に、皆さんのデータと量子コンピューターが、空白時間の記憶を出来るだけ最適な形で埋めた。という可能性があります」
「じゃぁ、サーバーメンテナンス中、あの舞浜南高校というファイルの中には、どんな状態のデータがあったのか分からない――いや、そもそも幻体データだったのかも怪しい、ってことか」
「はい」
「ああ、まさにシュレディンガーの猫だな」
「……」
どこか考え込んだキョウに苦笑いを向け、目線で彼の後ろを示す。
「さて、あっちの猫はどうしてるかな?」
「猫?って、あ、お前らそれ、使い方違う!」
振り返ったキョウは、硝子風鈴を手にとって、危なっかしい持ち方をしている女子達に気付き、慌てて駆けていく。
その姿を目で追いながら、シマは独り言の様に呟く。
「たとえば、空白時間の記憶を、データとコンピューターが埋めたとして、それはつじつまが合うように作られた、AIとしての記録になるのか、それとも人間の希望的観測がつくった、幻体としての記憶になるのか……」
「さあ、私にはそれを判別する事はできません」
シマの言葉を聞いたフォセッタは曖昧に笑う。
「そうだったな」
その曖昧な微笑みに、苦笑いを返しながら、シマは風鈴の使い方と、情緒について、熱心に説明するキョウを眺めた。
彼の手元で揺れる古風な硝子風鈴には、黒猫の絵付けが、今風のデザインで施されている。
――人間の居ないオケアノスの中で、硝子風鈴のどこか懐かしい音が、ちりん、と響いた。
アニメ序盤のちょっと学園ホラーミステリーな雰囲気も好きです。
(特にコンビに前のキョウ、カミナギ、トミガイのシーン)
本編の前半は(2周めだとはっきり分かりますが)元セレブラントなキョウが記憶をなくして
普通の高校生をしている状態ですが、じゃあセレブラントな生徒会メンバーが、同じ立場になったら
彼らは、どうするんだろう。という感じで。
元ネタ、というかベースは森生まさみの『7人目は笑う』という少女マンガ
絵柄と見た目は少女マンガですが、結構真面目にSFで学園ミステリーで面白いので
興味ある方は是非!
司令の肩書きを取っ払った、のほほん生徒会長シマは
何気にキョウ並に手が早いと思う。